「サムライYの青春」です。
みなさん、こんにちわ。水の心です。
今日は「横内仁司」著、ベトナム戦争日本人志願兵の手記
「サムライYの青春」です。
角川文庫、昭和57年発行です。
「ドッグ・タッグとは犬の首輪に吊るす鑑札を意味する。」
「~私のそれには、次の文字が打ち込まれている。
HITOSHI YOKOUCHI, 576 60 8838, B POS, BUDD」
から始まるこの本は、
「何かにチャレンジしたい!負けてたまるか!今の世界より広い世界に!」
という強い気持ちから、海外に飛び出し、旅し、色んな世界を見て、
その中で、飛び切りのギリギリの、生死の境である
「ベトナムの戦場」
に飛び込んでいった、日本人の自叙伝です。
この本との出会いは、全く行った事の無い、隣の市の海沿いの街に行った時、
ふと目に入った古本屋で、手に入れました。
本文の最期に200と鉛筆書きであるので、200円だったと思います。
安いけれど、いい本を手に入れたと思います。
私にとって、ベトナム戦争は、割と身近なもので
「ベトナム後遺症」「TVで見られる戦争」「厭戦気分」「マリワナ」と、
色々なキーワードが、まだ多くの書物にあり、目にした様に思います。
「開高健」氏「一ノ瀬泰造」氏をはじめ、日本人の記者、フォトグラファー達が、この戦争に集まり、同じ様に飛び込んでいったので、
そのメッセージも多く見る事が出来た様に思います。
この本は、あまり大きく取り上げられることは無いのですが、
購入してからは、よく読む本の一つになりました。
「私には到底出来ない事を、横内氏はやっている!」
本の序盤、横内氏は、勇気を持ち、世界の色んな場所で、
何かを探しながら生きていきます。
パキスタンのカラチ大への留学、そこでのカシミール紛争への入隊志願。
拒否されたのち、中近東からローマへ。
そして、一旦帰国した後、アマゾンを夢見て、またハワイ、
そして、ロスアンジェルスへと飛び出します。
ロスでの恋人の一家との団らんの時に、TVの中で見た
「歯を食いしばった兵士の汚れた顔からは、まさに生命の昂揚が伝わって来る。
私は画面に釘付けになった。」
「~生死の境で必死で生きようとしているように見える。」
と、ふと目にしたTVニュースから、自分の道をはっきり見つけてしまいます。
そこから、米陸軍に入隊し、読んでいる私も一緒になって、
入隊審査、新兵訓練、配属、ベトナムの戦地へと、ヘリコプターで運ばれます。
驚くのは、その任期期間中、約半年で負傷後送されるのですが、
その毎日の密度が濃いのです。
ほぼ、毎日大隊、隣の小隊、自分の小隊で負傷者、死者が出る。
死や、負傷の程度も酷い。
初めて戦場におりた新兵は、そのあまりの光景に驚き、声も無く、夜泣きます。
そんな中、横内氏は反骨心から、一番負傷率が高く、最も神経を使う、
部隊の先頭に立つ「ポイントマン」というポジションを志願します。
後遺症の残る様な仕掛け罠、対人地雷などがある場所を進み、
あらゆる音、匂い、気配を読み取り、待ち伏せ、襲撃に用心しながら、
後続の本隊を先導する、それがポイントマンです。
(正直、皆がやりたくないポジションです)
その危険な行軍の途中の、
物売りのベトナム人との交流や、南ベトナムの正規兵による、敵側支配地域の
村人への拷問を目撃したり、
2ヶ月に一度、4日のデイオフという、安全な基地に戻っての休暇は、
生きている喜びを爆発させ、普通の若者に戻る描写を見る事が出来ます。
また1969年には厭戦感情が広がっていたのか、2回目のデイオフの終わった朝、
ジャングルに戻るヘリを待つ間に、兵隊たちは戦闘拒否を示す黒い布を、
体のどこかに巻き付け座り込み、キャプテンの号令を無視します。
しかし、とうとう嫌々ながらヘリに乗り込む、というエピソードも載っています。
色々な戦記物はありますが、
「運がいいか、悪いか」で生死が決まり、
大攻勢による大戦果や、武勇伝、爽快感などは全く無く、
毎日が、ジャングル、田んぼ、藁ぶきの村へと行軍し、
突然来る攻撃、地雷による人的消耗戦を描いています。
そんな中、横内氏はポイントマンとして、戦果を挙げていき、
「作戦において英雄的、かつ名誉ある奉仕を行い、成果を挙げた」
として青銅星章という勲章をもらいます。
そして、12月18日朝、山からの銃撃で、肩を撃たれ、
飛び込んだ窪みで爆発物に触れ、
左足膝下喪失、右足膝下骨折、右肩貫通銃創、左手人差指第一関節喪失、
右目喪失の重傷を負って、野戦病院に収容されます。
そこから、横田基地の空軍病院へ移送され、そこで、実家の家族との対面。
そこでの治療の間、両親の涙を見、その自分の姿と、親の悲しみに直面し、
あまりのつらさに、米国での治療を希望します。
「これで、両親も私も、重苦しい毎日から解放されるのだ。
車椅子の生活でもいい、誰も知らない所で、精一杯生きてみよう。
そう思えるようになった。」
その後、義眼を作り、義足を付ける為の、非常に難しく厳しい移植手術を受け、
1年がかりでこれに成功。
米国市民権を得て、戦友を訪ねて旅し、ノ-スレッジ大学に入学、
その後1974年に帰国。
とここで、昭和57年発行のこの本の冒険は終わっています。
後記で横内氏は、現在、ハンデを負いながらも、陽気にふるまう事が出来るのは
「おのれの青春を燃焼し尽くしたというひそかな満足感があるからだろうか。」
と書かれており、
英語もしゃべれぬまま入隊し、キツイ現場で、戦果を上げ勲章までもらい、
デタラメの様でも結果を出して、やり遂げる、若さの持つエネルギーと、
横内氏の意志の強さに驚くばかりです。
非常に読みやすい文体で、決して戦争礼賛などでは無く、歴史の一部、入口として、自分との闘いの手本として、若い人に読んで欲しい本だ、と思います。
それでは、次の更新まで!